変化は、当人すら知らないところで。
けれど在る意味では劇的に。
獄寺隼人にとって「知人」とは、即ち、ろくでもない人間とイコールである。
この場合の「ろくでもない」は「反社会的」と置き換える事が出来る。要するに裏社会の住人であり、社会と法秩序に対して歓迎できない行動を取っている人間という意味だ。なにしろ、獄寺が四捨五入して十歳になるかならないかくらいの時代から今に至るまで、彼に武器を売り続けてくれるような相手なのである----これを「真っ当」とか「正しい」人間と呼ぶのは色々と間違っているというものだ。
もっとも、八つの頃から悪童扱いされた家出少年だった獄寺にしてみれば、一般常識を振りかざして頭ごなしに説教を垂れる大人達よりも、そちらのほうが余程有り難い。
その日、ジュラルミンケース片手に訪れたのも、そんなろくでもない男達の一人だ。
古びた家々の並ぶ商店街。その寂れた一角にある薄汚れたビルの、更に長い階段を下りた先にある地下階。蛍光灯が照らす先にはファイルの入った棚と、宝石店や金券ショップを思わせる硝子張りのショーケースが並ぶ。
そしてカウンターのようになったショーケースの奥に、革張りの椅子に座った男の姿があった。
老境に差し掛かっているであろう血色の悪い顔。禿げ上がった頭に何処かで見たような帽子を乗せ、鼻の頭には黒眼鏡。中年太りの身体に安っぽいセーターとスラックス。
入り口に背を向け、新聞を読んでいた男は、獄寺を見て眉を上げた。
「なんだ、生きてたのか坊主」
「おう、生きてたよジジイ」
普段の応酬をすると、男はにやりと笑って背もたれから身体を起こした。
通称を「ブラック」と呼ばれるこの人物、裏では名の通った調達屋である。
一般には手に入りにくい品----たとえば無修正のAVなどといった常識的に手に入りにくい類のものから禁輸出品とされる品、更には武器弾薬から果ては戦車まで、商品として取り扱うものは実に多彩だ。だが、一度注文すれば絶対確実に品が手元に届くことで有名であり、しかも品質は折り紙付き。他の調達屋から一目も二目も置かれる存在なのである。
とはいえ、そういう人物であるからこそ、顧客の扱い自体はとても公平だ。
「用件は何だ。スモーキン・ボム」
その日も普段と同じく、彼は聞いた。立ち話など一切挟まず、ただ注文を問う。
「いつもと同じだ。加工済みの『チューブ』を大小」
「個数も同量だな」
「ああ」
獄寺の頷きに、皺の浮いた指がキャッシャー横のボタンを押す。
と、三秒も経たずに部屋の端にあった扉が開いた。薄暗いそこから現れたのは、おそらくバイト店員か何かなのだろう。いかにも安っぽい黄色のジャンパーを纏った男。がらごろと押しているのは、カートではなく、旅行用と思しき大きなトランクだ。
「多くねえか」
「注文は中身の半分だ。他にテスト品をいくつか入れてある」
ぎょっとして獄寺は男を見た……否、睨んだ。しかし獄寺の視線を男は真っ向から受け止め、逆に鼻で笑ってみせる。
「勘違いするな。仕入れ先が勧めるんで、入れておいたまでだ。使い勝手までは知らん」
「じゃあ、なんでオレに」
「今時、ウチの客で『チューブ』なんぞ使うのはお前くらいでな。お前には勿体ないが、ウチの倉庫で腐らせるよりいいと思った」
途中で不意に消えた言葉に獄寺は男を見つめ、ついでにバイト店員を見た。
しばしの沈黙。そして黙考。
「……判った。ありがたく貰っていく」
ややあって溜息混じりに漏らされた獄寺の声に、差し出されたジュラルミンケースを受け取った男はにやりと笑った。
「毎度あり」
「ボンゴレの十代目は、随分と面白い手合のようだな」
獄寺が、トランクを引いて帰った後。
独りごちた男に、バイトの青年は軽く肩を竦めた。
「ああ、なんかあちらさんの幹部クラスが直々に出向いて鍛えてるって話ですし。それこそ有望株ってヤツなんじゃないスか」
「有望株、な」
しぶしぶ、という顔をしながら受け取った獄寺の顔を思い出し、口元を歪める。
出逢った頃であれば、突き返していただろう。出逢ってしばらくした頃ならば、量の大小すら厭わなかっただろう。
そうした意味で、あの少年は明らかに変化しているのだ。
「……ま、悪童が礼儀を弁える程度には、有望ということか」