W-C-O-P (World Changing on pains)
 世界は簡単に変わりますよ、と。
 最初に、そうオレに教えてくれたのは、一体誰だっただろう。

 それはまだ、小さな子供の頃。ガキのままでいられた頃。
 強い事が憧れだった頃。
 世界がまだ盤石な石の上にあるものだと信じていられた頃。



 ふと戻った意識が、最初に見つけたのは不安そうに覗き込む顔だった。
 色素の薄い、揺れる大きな瞳。

「獄寺君、気が付いた?」
「あ……」
 震える声にそう問われて、反射的に目を瞬く。瞬いてから考える----何をしていた?
 何が起きて、自分はどう動いて、その結果、自分はどうなってしまって、けれどああ、
(この人は無事だ)
 未だ本調子には戻っていない身体。それを叱咤し視線だけはなんとか動かして、視界に収まる限りの姿を辿る。多少埃っぽくなってしまったようだけれど、身体には傷ひとつとしてついていない。
 そのことに安堵すると、途端に痛みがやってきた。遅れて、今まで何処かに棚上げされていた「瞬間」が、ようやく記憶の領域に戻ってきた。
(------チクショウ)
 事態のろくでもなさに、舌打ちしたい気分になる。顔をしかめて天を仰ぐ、その表情をしかし側に付いていたツナは痛みの所為だと思ったらしい。

「大丈夫? お医者さん、呼ぶ?」
「いえ、このくらい……ッ」
 平気です、と言おうとした時に、更に抉るような痛み。------これは、背中だろうか。
「無理しないで。あちこち撃たれてる」
「そう……なんスか?」
「そうだよ。だから無理しないで」
 ふと。
 見上げるツナの表情が苦しげに歪んだ気がした----否、本当に歪んでいた。
 目を瞬いた獄寺の前で、大きな目の縁にじわりと涙が溜まっていく。
「十代目……」
「みんな、そうだよ。みんなはオレの為だって言うけど。オレはそういう風に思えない」
 ベッドの手摺りを握り締め、叫ぶというよりは呟くように。
「傷つくのは嫌だ。けど、オレの為に誰かが傷ついていくのが嫌だ。死んだり殺したりするのが嫌だ。知っているところでも、知らないところでも変わらない」
 未だ柔らかいままの掌が、そうして包帯だらけの獄寺の左腕を取る。
「……獄寺君が倒れるのを見る方が、嫌だよ」
 押し付けられた額と、髪の毛の感覚にこんな時だというのに、心が躍った
「お願いだから。獄寺君」
「十代目」
「オレの前から、いなくならないで」

 つたない子供の祈りにも似たそれを、けれど反射的に頷くことはどうしても出来ず。
 代わりに、意志を総動員して獄寺は反対側の手を持ち上げた。床に跪いて静かに涙をこぼし始めたツナの、その癖の強い頭を撫でる。

「十代目」
「獄寺、くん」
「泣かないでください、十代目」



 ああなるほど。世界は、変わる。
 たとえば、二年前の自分がここに居ることなんか想像できなかったように。
 今の自分は、ここにいないことを想像できない。

 この人の居ない人生は、いらない。
 どれほどの痛みを味わっても、どれほどの痛みを与えても。

 ------世界がどれほどの危機に瀕しても。
 
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