……つよくなりたい。
だれかのためにつよくなりたい。
なにかのためにつよくなりたい。
それは願望というよりは、むしろ祈りに似た別の何かで。
強くなってどうかしたいというよりは、むしろ「それ」こそがスタートラインなのだということを、気付いてはいなかった。
◆
「ツナ、休憩だぞ」
鬼コーチの声は、大抵半分意識の飛びかけた時に降ってくる。
今日も今日とて死にそうな勢いで行われたシゴキという名の修行に、肩で息をしながらガクガク震える足を支えていたツナは、その言葉にようやく両手の力を抜いた。
服が汚れるのも構わず、草むらに大の字で寝転がる。
「進歩がないな。この程度でヘバるなんて」
「無茶言うなよ……普通死んでるって」
呻き混じりに呟く脳裏に今日のメニューが過ぎって、あまりの壮絶さに気が遠くなるツナである。
毎度思うのだが、リボーンの「修行」は無茶と無謀を通り越して自殺志願者にリボン付きで進呈したいようなメニューばかりである。こうして思い返す----本当はやりたくないのだが、脳内リプレイしてしまうので自分でも止めようがない----その度に、どうして自分は五体満足でいられるのかと首を傾げてしま う。今日、こうして真っ当にメニューを消化した後でも不思議で仕方がないくらいだ。
……まあ一応、修行なんだから成長しているのかもしれないが。
(ああ、そうか)
あれで死なないということは……つまり。
「リボーン」
「なんだ?」
「オレ……強くなってんのかな」
つよくなりたいと。
そう、今までに一度も思わなかったと言えば嘘になる。
死にそうになって、死ぬ気で何かをこなして。けれどそれは全てその場限りの、瞬発的な願いでしかなくて。
だから、正直な話をすれば「強くなる」ということが、ツナにはいまひとつ判らない。
「強いって、なんなのかな」
誰かを守りたい。
何かを喪いたくない。
けれどそれは、何かを奪い侵す為のものとは別の何かのような気がしていて、……だから、ずっと口にすることを躊躇する。
力が欲しいとは言わない。
つよくなりたいとは言わない。願わない。
ただ身の内で、強くありたいと祈るように思う。そして出来ればそれが誰かを侵す事のないように、と。
「これから、強くなれんのかな……」
答えを聞く前に。
ツナの目蓋は降りてきてしまったのだけれど。
「寝てやがるな。ダメツナめ」
赤子の姿をした家庭教師は、夜闇の中に伸びてしまった生徒を見下ろして呟いた。
表情が変わらないのは、いつものことだ。
だが、もしそれが「本来の」姿であったならば----彼は深く眉根を寄せて舌打ちしていたことだろう。
けれど。
拳を握れば、繋いでいた手は離さなければならない。
何かを抱いていれば、それを手放さなければ闘うことは出来ない。
それに彼が気付いているとしたら。
「……世話の焼ける生徒だな」
赤子の呟きは、眠る少年には届かない。